Caféでホッとした時間を。

普通だけど唯一の日々を綴る

実は優先順位が低かった趣味を卒業したお話

 

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私は結構周りの人に流されやすいタイプな上に、ハマったら一直線。

色々なものにチャレンジし、ハマり、良いと思ったことには時間もお金も惜しまないので、その間、家族は振り回されています。

今思えば申し訳ない。それを何年も繰り返した結果、

なんと優先度が低い事に夢中になっていたのか! 

と、自分の中でのブームが去ってから気付くのです。

 

ちなみに私の場合、一番最近抜け出した優先順位が低かった物事は ライブに行くこと。

もちろん当時は楽しかったし、思い出は沢山出来ました。なかなか経験できないこともたくさんあったし、子供が生まれてからというもの、常に子供と一緒か仕事かの二択でしたので、一日中一人で好きなところに出かけられる事はとてつもない解放感と喜びでした。

良くも悪くも学びにはなったので、経験としては無駄にはなかったけれど、やはり、もっと他にやるべきことがあった気がする。感は否めません。

主婦の皆さんが「子供を置いて出かけてはいけない。」という事ではありません。「ライブに行ってはいけない!」という訳でもありません。

私の場合、あまりもにハマり過ぎて、気分転換の度を越えていたのだ。と今では思います。

 

勿論、夢中になっている最中はそんなことには気付きません。

たとえ気付きかけたとしても、一緒に夢中になっている周りのお友達に水準を合わせ、

 

私はこれでいいのだ!

と正当化する始末。

 

こんな状態で周りがアドバイスすると、ますます耳を貸さなくなります。

何か事件が起こったり、環境が変わったり、きっかけは様々ですが、来るべき時が来た時に、自分で気付くしかないのです。結局は。

 

 

私にとって、そのきっかけは行きたかったライブチケットの落選でした。

自分で言うのもなんですが、結構運がいいのです。

行きたいと思ったものはほぼほぼスムーズにチケットが取れ、行きたい時に行きたい所へ!

そんなことは当たり前でした。

チケットの確保が困難と言われるイベントでも、執念(?)と運でずっと切り抜けてきました。

そんな状態でしたので、チケットが落選したときは

「まぁ、次があるよね。」

と、悲しいとは思いつつも、ライブ当日に盛り上がるお友達を横目に、Twitterに上がるタイムラインを追いかけて気を紛らわせていました。

今まで一緒に行けていたのに、なぜ私だけ行けなかったのだろう。しかし、毎回子供たちを預けて出かける状況だったので、行けなくてもこれはこれでよかったのかもしれない。子供たちと過ごす時間が出来、夫にも子守を頼むことなく、どこで何をしているのか?と心配されることもなく、良かったではないか。

そう。その日はクリスマスイブだったので、家族を家に残し一人で出かけるのは少しばかり罪悪感があったのかもしれません。

 

それから、少しずつ冷静に自分を見つめる時間を取ることが出来ました。

確かにライブに行くのは楽しいけれど、そればかりに気を取られて、遊んでばかりいて、人としてどうなのか? 子供がいてもアクティブにやりたいこと、楽しいことをして、遊ぶ余裕がある自分。がカッコいいと勘違いしていただけなのではないか?

やるべきことをやらずにそんな事をしていても何の意味もなく、ただ何もない自分。が残っただけでした。

 

「もう、(ライブに行くのは)十分やり切った。楽しかった。ありがとう。お世話になった方たち。でももうこれでおしまい。これからは仕事と家のことに専念しよう。」

その次の年の初詣の日、不思議と自然にそう思えるようになりました。

 

神様を前にして手を合わせたときに頭に浮かんだ言葉は

 

「今年は仕事を頑張る。家族とも仲良くする。」

 

私は神社にお参りに行くとき、願い事を決めません。その場に行ったときに自然に出てきた言葉が、私が今すべき事であり、願いだと思っています。

 今は、仕事を頑張り、家族との時間も大切にし、遊びよりも人として成長したい。

 これが私の願いであり、優先するべきことでした。

 

  余りにのめり込んでる時って気づけないのですよね。楽しい。って気持ちは大切ですし、気分転換も大切ですけど、それは大切なものを放っておいてまで、大切な人を傷つけてまですることではありません。

万が一、周りの家族が趣味を理解してくれないのならば、それは度を越しているか、楽しさやそれをすることで気分転換が出来ている事を上手く伝えられていないか、のどちらかが多い思います。

私の場合は前者でしたので自分でそれを理解する力が必要でした。自分で理解した後に卒業しているので、後悔はしていません。

むしろ、卒業したことで仕事も家族関係も良くなり、今までは一体何だったのだろう。何かにとり憑かれていたのではないか。と思うほど。

あんなに大好きだったのにな。今では好きではありますが以前ほどの異常な執着はありません。

とにかく、人やモノにあまりにもハマり崇拝することって自分がないという事と同じなのだ。と、あの時に気付けて本当に良かった。と思うのです。