季節のにおい

f:id:nnnn17:20200724162131j:plain


やっときた梅雨明けと夏休み。

外では朝から、待ってました!と言わんばかりにセミが一斉に鳴いている。

 

もう8月。気温的にも日々の行事的にも、今年はなんだか8月になった。という事実がなんだかとても不思議なのだ。日にちは間違いなく過ぎているのだが、季節も気持ちも置いていかれているような感じ。

確かに梅雨が長かったので季節が巡るのがゆっくりな感じもするが、なぜそこまでそう感じるのだろう?緊急事態宣言だけが理由ではないはず。と公園でボーっと考えてみて気付いた。

 

匂いだ。そう。匂いが全くしない。いやいや、コロナの症状ではなくて。季節の匂い。

今年はインフルエンザ予防と花粉症の後も、コロナでずっとマスクをつけたまま。例年よりもとてもとても長くマスクをしていることにより、 季節の匂い が感じられないのだ。

 

勿論、家の中ではマスクはしていないのだが、家の中は家の匂い。お布団などの布や洗剤の匂い。アロマの匂い。ご飯の匂い。家族の匂い。家の中で感じられる季節の匂いは食べ物がほとんど。旬の食べ物は新鮮でおいしく、元気を与えてくれる。これももちろん大事、しかし、私が言っているのは “季節の空気の匂い” の方。

 

冬のピンと張りつめた朝の空気の匂い。春になり始めの梅の匂い。春になって草花が萌えいずる温かくやわらかい匂い。眩しいほどの新緑の頃の初々しく瑞々しい葉っぱの匂い。梅雨の時期の雨の匂い。雨上がりの湿った土の匂い。夏が来たとわくわくする、夏の夜の生ぬるい風の匂い。

一つ一つ細かく認識していたらきりがなくって書ききれないが、外にいる時はマスクをしている事によって、それらの季節の空気の匂いが感じられないのだ。

それらに気付いた時、私はとてつもなく悲しくなった。いつまで続くのかな。

東京に住んでいるからこそ、小さな自然とのつながりというのでしょうか。この季節の匂いを想像以上に楽しみにしていた自分がいる。そして今年の夏は地元に帰る事も旅行に行く事もかなわない。大好きな地元や旅行先の土地の匂いや、海の匂いも楽しむことも叶わないのだ。

本当に残念すぎる。

 

その日常がなくなってから気付いた。

マスクは予防のためにも、万が一自分が保菌者だった時の為にも必要だけれど、何かいい方法はないのかな。と考えている。

ただが匂い。だけれど、なんというのかな。こういう繊細なことを感じられる機会や感受性が日常的になくなってしまうのはものすごく残念だと思うのだ。

 

人間の五感の中でも嗅覚は自分の意志で拒むのが難しいものだと私は思っている。だって、匂いを嗅ぎたくないからって息を止め続けるのは難しいでしょう。

だからこそ、匂いによる記憶の結びつきは強くて、辛いことも、楽しいことも幸せなことも思い出せる。季節の匂いを嗅いだ時、あの時こんなことあったな。と思い出すし、街ですれ違う人の香水をたまたま嗅いだだけで、脳みその片隅に忘れられたと思っていたような人まで思い出すのだ。そのくらい私にとって匂いは大事。

 

今は考えても答えが出ないけれど、いつの日か、またマスクなしで外を歩くことが出来る日が来たら、季節の匂いという小さな自然との繋がり、楽しみを感じられたらいいな。