Caféでホッとした時間を。

適応障害になった私のお仕事•子育て実験録

子育ての時間を遡る。-家族や子育てって何だろう?-

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こんばんは。すいです。

 

今日は、お休みになってからやろうと思っていたことの一つ、写真の整理をしました。

息子が学校で小さい頃の写真を使うというので、プリントついでにせっかくなので整理をしようかと。

 

4年くらい放置していた最近の写真と、それよりも前の写真も再確認。

 

何千枚の写真を確認しながら、娘が産まれた時まで遡る事11年。

本当に色々なことがあったな。

 

写真は基本的にお出かけしたときや、普段の様子を取っているのだけど、

写真にない近辺の事も沢山思い出した。

 

日々やる事に追われて精いっぱいで、振り返る事なんてほとんどないのだけど、

11年あっという間だったな。

 

がむしゃらに今やれることをやってたらいつの間にか子供たちはこんなにも大きくなってた。

今は二人とも小学生。

毎日毎日当たり前のように一緒にいるから、成長を忘れがちだけど、小さな頃の子供たちを見ていたら、当たり前だけれど、

こんな時期があったのだなぁ。可愛かったなぁと思う。

勿論今でも可愛いのだけど、今とはまた違った可愛さがあったのだと。

 

そして、模様替えをしたときに、壁が空いたのと、

ちょうど、IKEAの大きなフォトフレームが1つ余っていたので、急遽大量にプリントした写真たちをピックアップして飾りました。

 

私の小さい頃、家では写真を目に付くところに飾っていた記憶があんまりない。

一応飾ってはあった様な気がするけれど、賞状などと一緒に天井に近いかなり高い所にあったイメージなので、日常ではあまり視界に入ってこない。

 

別にそれが嫌だった訳じゃないけれど、今、我が家は家族の写真を沢山飾っています。

見るたびに私が勝手に癒されています。

そして子供たちも結構見ていて、「あの時楽しかったね!」とお話したりします。

 

家族を作って生活するって、子育てって何だろう?

って考えた時に、私は一つの法則が見つかりました。

 

自分が小さい時に叶えられなかったことを、

今、自分の家族で叶えているのだと。

 

この間の習い事の話もそうなのだけど、

おねえちゃん。って呼ばれるのが嫌だった小さい頃の私。

 

私には私の名前があるのに、なんで呼んでくれないの?

 

って思っていた。

そしたら、子供は名前で呼ぶようになったし、姉弟間でも、名前で呼ぶようになった。

 

私の両親は、スキンシップがあまり好きではなかったみたいで、

手はあまり繫がないし、ハグも殆どなかった。

その影響か、大きくなって友達とはしゃいだり、試合に勝った時などの喜びを分かち合うのにハグをするのが苦手。

本当は誰よりもしたかったのにね。

 

その反動なのか、我が家はハグ率高め。

おはようのぎゅーと、おやすみのぎゅー。

小さい頃はもちろんだけど、小学生になった今でもリクエストはある。

そして、子供たちがさみしい時や悲しい時に

 

「ぎゅーってして!」

 

と言う時があるのだけど、私は初めて聞いた時になぜか「あぁ良かったな。」

って思ったの。

 

さみしい時や悲しい時に、それを伝えて助けを求められる子に育ってよかった!

 

と。

これは自分の呪縛だったんだよね。

自分はお姉ちゃん、弟はすぐ1つ下。ほぼ一緒に暮らしているいとこも3つ下。

物心がつく前からお姉ちゃんだった私は、しっかりしている事が大前提で、

さみしいとか悲しいとか言っている場合ではなかったし、

甘えている場合でもなかった。

 

だから、子供たちが私みたいにならなくてよかった。

 

と。

勿論、過去の私あっての今の私なので、否定はするつもりはない。

それに、お姉ちゃん。だから我慢したことも多いけど、お姉ちゃん。だから得したこともあったしね!

 

しかし、自分の子供には、

辛いとわかっている道をわざわざ通ってほしいと思う親はいないんじゃないかな。

 

だから、やっぱり、子育ても、家族で生きることも、

 

私が望んだけれど、叶わなかった事を叶えていく。

 

を無意識のうちになぞっているのだろう。

 

もちろん、子供たちは1人1人別の人間として独立しているから、

押しつけはNGなんだけどね。

 

SuiNoe